灰色のシルコット 1.無風

 宇宙と重力下の境界線に位置する異世界『パーラ・ブル』そこへ行くには、『レシント』という翼を持つ機械人形に乗れなければならない。『レシント』は、身の丈8メートル。ミフタという高圧燃料で動くマシンは、ミアータ機工が開発した人型のフレームに装甲と武装を施した物である。飛行する重機をイメージさせるその機体は軽量かつ頑強に造られ、やがてそのモノコックの機械人形は、地上世界はおろか、『パーラ・ブル』さえも巻き込む大戦へと導く様になる。

 「どうしてかしら? あの方は、ああいう言い方をしたけれど、私には、レシントは動かせません。それを証拠にレシントの免許証なんて持ってませんもの」

 シエル・ルーリカの言い分は最もだった。シエル・ルーリカが貴族とはいってももはや破綻したと言っても良いくらいの奇禍なお嬢さんで、その領家は、ミアータ機工に所属するアラミス・カレンの重鎮たるマコーミック家に寸断されようとしていた。

 「ですがお嬢さま。これは起死回生の一隅のチャンスかも知れませんぞ。何故ならば、ここでマコーミック家に恩を売って置けば、しばらくマコーミック家を黙らせる事が出来ますでしょう」

 「そうかしら? マコーミック家のオルラン侯爵は、しつこさでは有名なお方。簡単に私たちから手を引くとは思えないわ。だってこれまでだって、政治のうえでも、つべこべ口を出して来たじゃない? 私にレシントに乗れと言うのなら、私にも考えがあるわ」

 翌朝、シエルは、プエルオスマンの城のレシント工房で、自分の愛機になる機体を選んでいた。ミアータ機工のアラミス・カレンはそんなシエルを気高いお嬢さんだと皮肉を言うが、シエルの機体選びは真剣だと受け止めて、アラミス・カレンも同行し付き合う事にした。

 「アラミスさまは、パーラ・ブルへは行かれた事はございますの?」

 アラミス・カレンは軍靴をカツカツと音をさせながら、シエル・ルーリカの傍らを歩いていたが、スコットン・ヒルの戦いの話を踏まえて、パーラ・ブルの話をシエルに聞かせた。パーラ・ブルへの入口は、雲海に包まれているが、レシントに組み込まれたナロンシステムをパーラ・ブルと同調させる事によって、転異させる事が出来るという。

 滑走路のレシントの灰色の機体は、雲間から入る朝焼けの光でボディが照り映えている。翼の両翼は垂直にたたまれ、完全には仕上がってないので、ところどころビニールをテープでふさがれていたり、キャノピーが取り付けられてなかったりするが、エンジンに火を入れると、コンソールの計器が回り、ヒュイイインと小気味よい駆動音がした。

 「私、これにします。よろしくて? アラミスさま」

 「御随意に。こいつは試験機だが、その性能はAスペックを持つ割と良い機体だ。お嬢さんの手にも馴染むことでしょう。では納品までは、1週間で仕上がりましようが、手付金等は頂きません。ただお覚悟だけはご自分の中で正して頂きたい」

 「わかりました、アラミスさま」

 風の吹く滑走路の、昇る朝日の中に浮かぶレシントたちの影に、シエルはこれから呼ぶ波乱の予感を感じずにはいられなかった。『シルコット』と識別コードをマーキングされた灰色のレシントは、それからシエルに予定通り納品された。



灰色のシルコット 2.スコットン・ヒルの闘い

 ナロンシステムを起動させた各艦艇とレシント隊は、異世界パーラ・ブルへ転移していった。機体の先端に虹色の光環が出来ると、それが機体を滑る様に広がり、血が逆流する感覚に耐えると、そこは違う世界にいた。緑は深く、景色は悠然としていたが、上空の水の中から見たような朧な太陽の影に竜のような巨大な羽虫が飛んでおり、そうして戦闘艦ヨーク・ガンの眼下に針金の様に切り立ったスコットン・ヒルの山々がそびえている。ヨーク・ガンの右背後には、ソビエ・マークという護衛艦が同じくフローティングシステムの浮力によって航行している。

 『シエル。あなたは後方で戦場の感じを掴んでくれれば良い』

 シルコットで出たシエルは、アラミス・カレンの無線の指示通り、ヨーク・ガンの後方の守りに着いた。90㎜バレルガンを装備したシルコットの中で、シエルは前方を飛行するアラミス機とヨーク・ガンを見ながらぼんやり考えていた。

 「私は家の為に、こんなことまでしなければならないのか」

 時折、粉雪の様な白いふわふわしたものがシルコットのキャノピーに当り溶けて行く。眼下には肥沃な大地と運河が流れ、パーラ・ブルの自然界は、まだ人の手の入らない悠久の時を刻んでいた。

 『敵だ!』

 突如としてヨーク・ガンの上空に現れたパーラ・ブルの揚陸艇は、カタパルトからレシント隊を発進させながら弾幕を張っていた。ヨーク・ガンの右舷は被弾し、船体が傾く。散開したレシント同志の交戦が始まる。

 『自分たちの船も堕ちるぞ!』

 ヨーク・ガンも弾幕を張りながら、敵の揚陸艇から離れようとする。だがパーラ・ブルの艦艇はバリアーシステムを搭載しており、ミサイルの類は、光の幕で木端微塵になった。

 「早い! こいつ!」

 敵レシントのビームがとぶ! 太い光線は右背後にいた味方機のコクピットを貫き、爆散していった。爆風でバランスを失ったシエル機は、敵のビーム攻撃を交わしつつ、両翼のミサイルで敵の弾幕を迎撃し、大空に大爆発が起こる。

 シエルはエンジンを切り、シルコットを可変させ降下させた。バレットガンを背部ユニットから取り出し、上空のレシントに放つと一気にブースターを加速させ機体を上昇させた。ひるんだ敵のレシントは、交差するシエル機のバレットガンの弾幕に爆散して散っていった。

 「次ッ!」

 シエルは、ソビエ・マークを堕とそうとするレシントにアーマーモードの足で頭部を踏み付けて破壊した。その時であった、タタタ! と機関砲の弾でシルコットのコクピットにシエルの血が飛び散ったのは。

 『地上軍の女、聞こえるか? 投降しろ。あなたは騙されている。それを証拠にあなた方の戦闘艦は後退している』

 「……ぐうっ!?」

 ライフルを突き付けられ動きを止めたシルコットにモールス信号を送るレシントの指さす方向を見る。アラミス・カレンのレシントを収容したヨーク・ガンはスコットン・ヒルを後退していった。



灰色のシルコット 3.ワード・フランの虜囚

 シエルが目をあけた時、寝台に寝かされ、手錠で寝台の柵に万歳をする格好で拘束されていた。傷は手当され、着替えもされたらしく、そのうち給使が食事を運んで来たので、手錠を外された。パンと温かなスープで癒されたあと、物言わぬ給使は、食器を下げ静かに退室する。小窓からの景色はゆっくり流れているので、おそらく揚陸艇の中か何かだろう。

 「ご機嫌いかがかな? シエル・ルーリカ」

 先程の給使と、どこかで見た小太りの男が立っていた。

 「……マコーミック家のオルラン侯爵。あなたはパーラ・ブルとも内通していたのですか」

 オルランは太った腹をさすりながら、給使を下がらせ、扉の錠をかけた。

 「……言葉を慎みたまえ。政治のうえでも私は、パーラ・ブルでも重んじられているのだ。あなたを見捨てたアラミス・カレンとも違う。ミアータ機工は、レシントもパーラ・ブルに提供している。ということは、私がここにいるのは、普通の事だと思うのだがね」

 オルランは、ベッド脇にわざとらしく腰かけると足を組んだ。

 「私は運が良い。拘束されていても、魂だけは気高いお嬢さんとこの様に過ごせる。立場の違いはあれど、目的をひとつにすれば、お互い良きパートナーとも成り得ると私は思うのだよ」

 オルランはシエルの足に手を這わせた。シエルは身をよじって抵抗した。

 「私は弱っている女性に弱くてね」

 「このサディストめ!」

 オルランは、シエルが吐いたツバのかかった腕を舐める。あたまを壁に押さえつけられたシエルは、オルランの腕に噛み付き抵抗したが、平手打ちをくらい口の中が切れた。

 シエルが口辺の血を舐めるのを見届けると、かまわずオルランはシエルの豊満なバストを露わにした。オルランの催眠術にかけられたようにされるがままのシエル・ルーリカは、父や母や家のこと、売られていく自分の愛馬や、優しかった農夫たちの笑い声などが脳裏に浮かんだが、故郷に対する慈愛も去ることながら、この男の卑劣な行為の中にも、武器商人としての役目より大事なのは、『自然な欲求』という人間らしい感情なのではないか? と感じていた。

 オルランが独房を退室しようとすると、グロン・モスが腕を組んで、柱に寄りかかっていた。

 「こ、これはグロン殿。どうされた?」

 グロン・モスは、オルランに近付き、膝でオルランの股を思い切り蹴り上げた。

 「ぐあーッ!!」

 オルランは股間を押さえ失禁していた。床からぬるい湯気と臭気が漂う。

 「無様だな、オルラン。女を抱くのはけっこうな事だが、彼女は大事な客だ。ミアータ機工の重鎮ならば、彼女のレシントでも復元してやったらどうだね」

 「……わかった。メカニックに言っておく。しかしこの無礼は覚えておきなさい」

 「了解」

 パーラ・ブルの揚陸艇ワード・フランは、円形の船体の天井部にある何本も出た煙突の様なダクトから煙を吐き出しながら、森と川の上を航行していた。朧な太陽は、まるで水の中から見たように揺らいでいた。



灰色のシルコット 4.グロンという男

 パーラ・ブルと地上世界が火の海に染まる頃、太陽は黒煙で陰り、人々は疲れ、疲弊していた。数多くの戦果をあげたグロン・モスは、大佐格に昇進し、軍の指揮を任されていた。グロンは身の丈2メートルの偉丈夫で、その体は隆盛で、威圧的な眼光ではあるが、その口から皮肉を言われると、どこか憎めないので、人々の信条も厚い。

 「シエル殿。あなたがパーラ・ブルの戦士として参加しているのはうれしく思う。そうして付き合いも長い。あなたがパーラ・ブルを理解してくれ、悪しき地上人たちをいさめる為に働いてくれるのは更に良い事だと認める。だがどうしてあなたは、あのような男と添い遂げる。それがわからぬ」

 長かった髪を肩のところで切って貰い、白い面差しに青い目のシエルは、オルランの子を宿し、母となっていた。細身のお嬢さまだった頃から比べると、多少おばさんぽくなってはいたが、肉付きの良い身体は、パーラ・ブルの男たちを魅了したし、良き母でもある彼女はパーラ・ブルで慕われていた。

 「私は、オルランのことは、決して良い人じゃないことは認めます。でもあの人の心情は、お金のことよりも、自分が加担している戦争に責任を感じているところもある。だけど戦争で経済を担っている彼には、手を引くことは簡単には許されない。それは、多くの部下たちの生活や、国家を揺るがすことにつながるから。そんな彼が、夜な夜な悩んでることを私は知っているし、意外と子煩悩な面もあるお茶目な男ですよ」

 「……フッ、ハッハッハ! あなたはおもしろい女だ。俺はこのような男だし、女を抱きたいとか、ましてや子供を作って、子煩悩に生きるなどということはできぬが、俺はオルランをうらやましく思うよ。あの男は自由気ままだし、たとえ戦争の武器商人として生きてる男だけれども、家庭を持つということが、あの男を変えようとしている。あの男が変わると、この戦争も終わるのかも知れんな」

 そう笑いながら、夜のパーラ・ブルの洋上を航行するワード・フランの回廊を軍靴の音をさせながら、グロン・モスは、ブリッジへあがる。オルランが険しい顔をして、キャプテンシートに座っていたので、ハッハッハ! とグロンは笑い、ブリッジから望む黒い空を見た。

 「どうか?」

 「はっ。いまのところ敵の機影は確認されておりません」

 「では、西へ向かう」

 「ハッ! ヨーソロー!」

 ワード・フランはメインスラスターを吹かし、黒い空と青い沼の上をとぶ。ワード・フランのエンジンの風圧で、沼地の枯れた木がゆさゆさと揺れる。泥に住むサンドワームが、月の影でぬらぬらと茂みの穴に隠れていく。



灰色のシルコット 5.反転する大地

 灰色のシルコットは、ガレージの中で霧に巻かれていた。霧の中で照明のスイッチを押すと、シルコットの美しい機体が透明な水のカーテンの中で浮かびあがる。ワード・フランのガレージには、シルコットとシエルだけになり、着底している揚陸艇ワード・フランのハッチの外からは、ゲロゲロの鳴き声が聞こえていた。

 パーラ・ブルの夜は、静かだ。バネシックの森の向こうのマウンテン・ドロには、氷雪の連山の軒を連ねており、時折聞こえるホロホロの声は、レシントのパイロットであるシエルの深層心理を底冷えさせた。

 「シエル」

 シルコットの整備の手を止めて振り向くと、オルランがコーラをふたつ持ってこちらに歩いてきた。

 「どうしたの? やけにすっきりした顔してるのね」

 オルランは、はげたあたまをぺろりと撫でて笑った。シエルが訝しそうにしていると、オルランはコーラを工具箱の上に置き、それを手に取したシエルは喉を鳴らして飲んだ。

 「私はつねづね思うのだよ。何の為にこの様な事をしているのか。本来ならば人はお互いを尊重しつつ、理解することで戦争なぞせんでも良い日常をつくれる。だが日常に暮らす人々は、日々の退屈な毎日のなかで、非日常を求める。その望みこそこの戦争という破壊衝動の元凶なのではないかとね」

 シエルは、コーラの瓶の淵を舐めた。

 「あんたが何を言いたいのか、何となくわかるよ。あんたは普通の生活がしたいんだ。私もそれは同感だよ。家で布団にくるまってすやすや寝ていたいもの。ましてやいつ死ぬかわからないことをいつまでやっていても、人が死んでいくだけで、なんの答えがあるっていうの?」

 暗い空に発光するものがあって、それが敵の放ったミサイルであり、ワード・フランはそのまま森の木々をなぎ倒し浮上した。上空に現れた地上軍の艦艇は弾幕を張りながら、レシント隊を降下させて来る。そしてナロンシステムを使った地上軍の艦艇は、次々と転移して来た。パーラ・ブル軍最後の一隻となったワード・フランを堕とそうと大部隊が集結していた。

 「じゃあ、行くよ。オルラン」

 「ああ。死ぬなよ」

 朝焼けの草原のワード・フランの格納庫からカタパルトで射出されるシルコットを見送りながら、ブリッジに上がったオルランは、指揮を執っていたグロン・モスにすべてを一任すると、ブリッジの背後にあるワード・フランのコンピュータールームに入って行った。端末を開くと、パスワードを入力し、パーラ・ブルを司る『バザン』との交信を始めた。



灰色のシルコット 6.バザン

 
 頭脳の中に入り込んだ『バザン』は、オルランに白い幻想を見させ、その空間をはげて太ったおっさんが裸で飛翔する姿は、滑稽であるが、オルランは必死だった。虹色の光彩を放つ『バザン』の中心部の花びらに壊れた意思の集合体すなわち『汚れた魂たち』はオルランが近付くと共闘しようとするが、その触手をサーベルで切り飛ばすオルランを非難するように触手たちは『バザン』を離れる。

 オルランがコンピュータールームで、『サイコシュミレーター』を被ったまま椅子からひっくり返って目を覚ますと、すべては終わっていた。オルランにもいまだに『バザン』が何なのかわからないが、異世界『パーラ・ブル』をコントロールする中心部としか理解していない。そしてただオルランのはげたあたまにあぶら汗が光っていた。
 
 ─バルカンポッドを撃ち尽くしたシルコットは、燃料タンクに被弾もしていたので、ワード・フランに帰投しようとしていた。サブ電源に切り替え、オートモードでワード・フランのデッキに滑走する。着底早々、黒煙を吹き上げたシルコットを消化しようとメカニックが集まって来る。キャノピーを開けたシエルは、ヘルメットを取ってタラップを降りた。

 「どのくらいで直りますか?」

 「燃料タンクも換えにゃならんし、電気系統も焼けてメチャメチャだからちょっとかかるよ。まー休憩して来なよ」

 「まあその前に墜とされますね。この船」

 「はっはっは! 違いない」

 シエルはメカニックに礼を言うと、ブリッジにあがろうとエレベーターのスイッチを押した。その時、格納庫に驚きの声があがる。振り向くと、地上軍のレシントがいた。ハッチが開き、長身の男が立ちあがる。ヘルメットを取った男には見覚えがあった。

 「……アラミス・カレン」

 「シエルお嬢さん。お久しぶりです。私は貴殿らに和平を申し入れに来た。認可して頂きたい」

 「和平? あなたがたは私たち最後の一隻まで追い詰めたではないですか」

 「我々があなたがたを殲滅することはたやすい。だがこれはマコーミック家の意思でもあり、停戦の指令もそちらから出ている筈。なぜならオルラン・マコーミックより申し入れがあり、こちらも受け入れた。いかに私と言えども、ここまでレシント一機で入り込めますまい」

 ─その日、戦争は終結した。ワード・フランもシルコットも地上軍に接収され、パーラ・ブルを司る『バザン』も、オルランの要請通り、その入口を閉じ、地上世界は夢を見ていた様に、パーラブルに興味がなくなり、人々は武器を捨てた。それと同時に人々も世界も何事もなかったがごとく復元されていった。日常が蘇ると、人々はまた混雑した通勤電車に揺られたり、駅のホームで瓶に入った牛乳を腰に手を当てて飲んだりした。だが、記憶の中にある『パーラ・ブル事変』の痛みは、その後の平和を約束したし、人々は普通に生活することをたのしんだ。それは、地上とパーラ・ブルをコントロールする『バザン』のなせる業なのかも知れない。

 シエルとオルランは娘を連れて馬車に乗り込んだ。かっぽれかっぽれと馬が馬車を引く。娘は、デニムの短パンに黄色のタンクトップに白いカーディガン。天然の茶髪はひらひらそよ風に揺れ、馬の手綱を引くオルランのお膝に収まっている。オルランは葉巻をポケットから取り出すが、シエルにパッと取られ、仕方なくはげた頭を撫でて苦笑いする。朝もやの中の雲はぽっかり浮かび、昨日も今日も鳥の様にとんでいる。

 

 

                      ~END

 

 

灰色のシルコット



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