黒髪のロンド 1.木星にて

 木星の重力圏に入ると、ガニメデのステーションX-1のスペースポートにシャトルは誘導灯に牽引され、ドッキングベイに着底する。スペースポートから見える昏い宇宙には星々が瞬き、ハッチが閉まると、エアロックのシステムが起動し、ポート内に空気が満たされ、白い灯りが点灯していく。

 俺は、トランクを持つと、コートをはおり、シャトルを降りて自動走路に乗った。無機質な白い宇宙港の建物を通り抜け、ホテルを目指す。『空』を見上げると、味気ないフォログラムの空が広がる。

 ホテルでシャワーを浴びてから、食事を兼ねて、バーに繰り出した。

 「あの、ここ良いですか?」

 突然女に声をかけられて、思わず懐の銃に手をやった。
 
 女は笑顔で、椅子に腰かけた

 「何の用だ」

 「つれないですね。どうですか、私を買いませんか?」


 女は構わず、ドリンクをオーダーした。

 見たところ、黒髪を肩のところで、きれいに切りそろえたクセを感じさせない女だ。純朴そうな色香を含んだ身体は、どこか田舎の匂いがして、何だかなつかしい気分にさせた。


 「娼婦にしては、上品だな」

 「上品ですか? 初めてです。そんな事言われたの。あなたは何処から来たの?」

 「地球さ」

 女はちょっとびっくりして、唇を軽く舐めた。そして髪を耳にかける仕草をして、身を乗り出した。

 「いまどき、地球の人に会えるなんて光栄です。名前は?」

 「テラ」

 「ふーん。この星へは何しに来たの?」

 「答える必要があるのか」

 女は黙ってしまった。

 そして立ち上がり、ハンドバッグから、カードを取り出した。


 「その気になったら、ここへ来て下さい。待ってます」

 「……」

 カードにはホテルのルームナンバーが書いてある。

 女は店内にある転送装置に向かうと、ドーム状の装置に入り、俺に向かってウインクすると、姿を消した。



黒髪のロンド 2.X-105区画

 俺は、203区画から、転送装置でコインを払い、X-105区画へジャンプした。X-105区画は、203区画とは違って排他的なイカ臭いいわゆる裏通りだ。そこでの人工太陽は、メンテナンスもいい加減なのか、夕暮れの様に薄暗く、それとは対照的に、飲み屋や風俗などの看板のネオンがギラギラしていた。

 俺はそこで、『情報屋のデン』を捕まえ、『イロン・リバー』という男の所在を訪ねた。情報屋のデンは小男で、はげた白い頭に、汚い背広を着ていた。情報屋のデンは、コインをもう一枚よこせという様な仕草をした。俺は舌打ちすると、コートのポケットに手を入れた。デンは、少しビクッとしたが、コインを見るとずるそうに笑って受け取った。

 「えっと、イロン・リバーですね。あの男なら、もっぱら毎夜酒場に現れて、酒ばかり飲んでるそうで。この界隈では、女を買うのが主流なんでさ。でもその男は、女を買う事もせず、何かの研究でもしているらしいというのが噂でしてね。どうやら地球から来た何かの技師だというのがほんとのとこみたいです」

 そこで、デンは黙ってしまった。俺はもう一枚コインを握らせると、話の続きを促した。

 「でもそんなイロン・リバーに近付く女がいるんでさ。どこが良いのか私にはわかりませんが、どこか魅力があるんでしょうな。日系の女が世話をしに彼のアパートに通っているそうです。まだ若い黒髪の女らしいというのは聞いたことがありますが、私が知ってるのはそのくらいです」

 フムと俺は礼にもう一枚コインを渡すと、情報屋のデンと別れた。俺はポケットから手帳を取り出し手帳に挟んであった、『イロン・リバー』の写真を取り出した。なるほど風采のあがらない中年紳士といったところか。まじめそうな顔は皺深く、いかにも研究員らしい顔立ちだ。しかし彼の作った、『ニーデロン・システム』は、地球を再生する上で、必要不可欠なものだ。



黒髪のロンド 3.消えた男

 『墓標』に眠る伝説の『黒髪の女』は、地球を司る『ニーデロン・システム』の中枢に居るという。『墓標』とは、木星開発の従事者たちの墓の事で、ステーションX-1の中央ブロックに位置する。その話が真実ならば、『黒髪の女』は生きたまま、コンピュータの中枢として、起動し続けている筈である。それが、『ニーデロン・システム』の正体であり、その非人道的なシステムに携わった研究チームのひとりとして、イロン・リバーは地球に追放された身となり、木星で飲んだくれているというのなら、わかる気もする。

 彼のアパートメントは、X-105区画の表通りに面していて、呼び鈴を鳴らしてみると、情報屋のデンの言う通り、純朴そうな日系の若い女が出て来た。彼女は、肩まである黒髪に、セーター、チェック地のスカートといういで立ちだった。

 「こんにちは、どちらさま?」

 「こんにちは。……ここのご主人はご不在ですか? 私は、彼と同郷の者で、デンバーと言います」

 「はい。それじゃイロンさんのお客さんですね。どうぞお上がり下さい。私もここの住人ではないですけど、イロンさんの身の回りのお世話をさせて貰ってます。申し遅れましたタキと言います」

 タキは、俺に椅子に座る様に促すと、紅茶を立ててくれた。レモンを付けた紅茶を丁寧に置くと、皿洗いがあるから、話ながら洗い物して良いか訊いて来たので了承すると、キッチンの汚れ物に取り掛かった。

 「失礼ですが、どこかでお会いしました? 私あなたと会った事があるような気がして」


 「ははは。似てる人物というのは、良くいるものですよ。僕は特に何処にでもいるようなおじさんですし」

 タキの腰を見ると、とても充実していて、移動するたびに長いスカートがふわふわ揺れる。しかし彼女の身体には、ところどころアザが有り、一瞬、イロン・リバーの顔が浮かぶが、彼の仕業かどうかは、判断出来かねた。

 「私は、実は娼婦だったんですけど、ある日イロンさんに会って、お金が欲しかった私はいつもの様にあの人に買って貰おうとしたんです。だけどあの人はどこか疲れていて、それどころじゃなさそうだったのだけど、逆にあの人に自分のところで働かないか、と言われ、ここに通ってイロンさんの世話をして生計を立てています」

 「ほう、なるほど。するとあなたは、イロンの家政婦さんという事ですね。……タキさん! 伏せて!!」

 「えッ!? あッ!!」

 気が付くと、ガトリングガンの回転するトルクの音と、車の急発進する音に俺はドアに殺到したが、相手は当に走り去っていた。俺は、タキの倒れている崩れたテーブルの前に膝をついて、血だらけの彼女の身体を抱え起こした。

 「……私は、イロンさんの作った『ニーデロン・システム』の中枢のコンピュータの一部。このアザはコンピュータと私を繋ぐ端子の痕。テラさん、私をシステムに連れて行ってくれませんか?」

 「きみは俺の名を知っていたのか?」

 「……はい。私、『ニーデロン・システム』そのものですから。すべて知ってます。203区画のバーでお会いした時、あなたが部屋に来なかった事も」

 俺は、『イロン・リバー』の捜査は依頼されたが、『消えた男』の家政婦が生身の人間でありながら、生きたままコンピュータの部品として生きるのはどうかと思っていた。そして、その死で、地球が再び汚染される事を、イロン・リバーは良しとするだろうか? 彼女は、死して尚、コンピュータの端子につながれ眠る。俺はどうも府に落ちず、システムに収まる裸の彼女を見続けていた。



黒髪のロンド 4.地球へ

 『イロン・リバー』は、姿を見せず、『ニーデロン・システム』によって、俺は地球へ帰還した。地球は再起動を繰り返し、みるみるうちに美しい緑に包まれ、青い透き通る空が広がり、白い雲が霞の様に上空を横切っていく。

 「これは、……システムが生きているのか? なあ、テラ。答えてくれないか」

 俺は、『イロン・リバー』に向かい、円筒形の中の彼を見据えていた。

 「システムが起動して、地球が再生するのなら、俺たちの運命も変えられるとは思わないか? 再生された世界で、あんたの人生をもう一度やり直したらどうだ? ここにはあんたを愛す女性が居る。温かいこころの通った生きた人間だ。あんたが間違ってコンピュータに仕立てた人物さ」

 タキの髪が風になびき、澄んだ朝の空気の中で、その純朴な精神は、ひとりの女として、そこに存在をしている。やさしさとは、時に代理的な人間関係に変化するものだけど、その時は、彼女の一途な気持ちがそうさせただけの事であった。黒い服は、はたはたと彼女の身体に纏わりつき、風に揺れている。

 「壊れたコンピュータというのは、修理すれば使えるもんじゃないのか? このままでは俺たちは、永遠に木星に行き、あんたを探して、この子は殺されなきゃならん。それは技師であるあんたにかかってる」

 コードがたくさん繋がれた円筒形の装置は、黒い『墓標』から露出し、プシーという排気音と共に開口した。

 「私は、数世紀を経て、生きながらえて来た。だがここで終わりにしよう。……タキ、すまなかった」

 「私、イロンさんと生きれて良かったです」

 イロンは涙をながしながら、彼女の髪を撫でた。

 ―木星にある『墓標』は解体され、本来の木星開発の従事者たちの墓となり、イロン・リバーと、タキ・セスは、地球で結婚をし、子供を大切に育てた。再生された地球と人類は、自然と共に共存していた。そして俺は、『ニーデロン・システム』の中で、地球を見守る選択肢を選んだ。

 

 

Fin

 

 

 黒髪のロンド

 



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