ACT1. 夏野の陰謀

 「それはもうやめてくれないか! 夏野」

 自称オンライン作家である由宇は、作家の夏野に文句を言った。飼い猫のミンが驚いてテーブルの下から顔を出す。夏野は足にじゃれるミンを追い払うと、煙草に火を付けた。由宇は夏野の煙草を奪う様に取ると、灰皿で揉み消した。

 「なぜ僕がいつまでも君のゴーストライターをやらなければならないんだ!」

 夏野 清(なつの きよし)は、やれやれともう1本煙草を取り出すと、オイルライターで火を付けた。そしてすました顔で古間 由宇(ふるま ゆう)の肩をぽんとたたいた。

 「俺は君の才能を買ってるんだ。頼むから君の好きなミステリーを1本書いてくれ。もちろん謝礼は出すし、原稿を俺のところに持ってくれば、俺の文章に直すからさ。そうだな、期限は今月8月いっぱいだな。じゃあ、そういうことだからさ、頼むよ古間」

 夏野が玄関で靴を履いて出て行ったら、由宇は塩をまいた。

 「あれ? あいつ何か落として行ったぞ」

 さっきまで夏野が座っていたソファーにグアム行きの航空チケットが落ちていた

 「自分は書かないで、海外でバカンスだと! ふざけるのもいい加減にしろ。そうだ僕はこのチケットでグアムに行こう。グアムで自分の名前でミステリーを書いて出版社に送るんだ」



ACT2. グアムへ行くのは誰だ?

 グアム行きの飛行機は快適で、窓から見える景色も壮大なものだった。由宇の座席の位置から、飛行機の羽が見えていて、その眼下に白い雲海が見える。雲の下には青い海も見え、地球の大陸の丸い稜線が大気で美しく可変している。その上で淡い太陽の光が機内の人々を照らしている。

 由宇はノートパソコンを開くと、キーボードをたたいた。まずはプロットから作成した。あらかじめ作ってあったものをピックアップして、よさそうなものをクリップボードに挟んで、ノートパソコンの横に置いた。そこから練り直して、本篇を書き込んでいく訳である。

 「すみません、コーヒーをもう一杯ください」

 スチュワーデスにコーヒーのサービスを頼むと、ノートパソコンを閉じて少し休もうとシートを倒した。

 「ん? あれは!」

 なんと通路を挟んだ斜め前の座席に夏野がいるではないか! 夏野もコーヒーサービスを頼み、カバンを床に置くとふっと由宇の方を見た。夏野はさっと立ち上がり、由宇の方へ歩いて来た。

 「こんなところで会うとは思わなかった。さっそく書いてくれていたのか? ありがとう。しかしどうしてお前が同じ飛行機に乗ってるんだ? そうか、お前の家にチケット忘れて……。いや、さては盗んだろう?」

 「な、なにを! お前こそいつも人の小説盗んでるくせに」

 夏野はまずそうな顔をして、シーッと人差し指を口に当てる。

 「わかった。わかったから大きな声ださないでくれ。俺の作家としての地位がなくなる」

 「夏野、チケットの件は貴様との手切れ金だ。もう僕は自分の為にしか小説は書かない。ゴーストもやらない」

 「わかった。今回を最後にしよう。だから今回だけ頼むよ。それが終わったら、グアムでパーッと遊ぼうじゃないか」

 ウソ臭いな、と思いつつも自分の座席に戻る夏野を見送った由宇であった。



ACT3. ミステリー、ミステリー

 グアムは灰色のあいにくの天気で、空港に降りるとエアポートに雨粒が落ちていた。

 「古間、お前は泊まるところ決まってんのか?」

 空港を出てから由宇はデジタルカメラで写しまくっている。

 「いや、決まってないよ。すみません写真撮ってもらえますか?」

 そう言って観光客の女性にカメラを手渡す由宇。由宇は夏野と肩を組む。

 「はい、チーズ」

 夏野は案外美人だと思っていたが、パシャ! とフラッシュが夏野の脳裏を焼いた。フラッシュバックが夏野に襲いかかる。

 (なんなんだ、これは! うっ)

 片ひざをついて、嘔吐する夏野。

 「夏野! どうしたんだ。飛行機に酔ったか!?」

 グアムの空港の前で夏野は、由宇とさきほどの観光客の女性に肩を抱えられていた。

 「すみません」

 ロングの黒髪は、日系人のものだが、ちょっと片言な女性は、田中 亜由美(たなか あゆみ)と名乗った。夏野はカメラのフラッシュで何かを思い出したみたいで、空港の係員の女性が、夏野のゲロを処理するのを手伝いながら、由宇は怪訝な顔をした。

 「実は先週、俺は丸一日記憶をなくして、良くわからないが、気が付いたら公園で寝ていた。前日、自家用の車でクライアントの話を聞きに行く途中から記憶は消えていたんだ。車はなぜか家の車庫にあったのだが、クライアント先と出版社の方は、俺が行方不明になったって大変だったらしい」

 田中 亜由美と名乗った女性が口を挟んだ。

 「あの、それって夏野さん、誘拐されたんじゃありません?」

 「誰にですか??」と由宇。

 「もちろん宇宙人に決まってるじゃありませんか。夏野さん、体に傷の後とかないですか?」

 「インプラントされてるかってことでしょ?」

 異星人に誘拐されることを、『アブダクト』と言い、異物を体に埋め込まれることをインプラントと言う。アメリカではかなりの実例が報告されていると夏野は重々しく語るのだった。



はなもちならないアイツ



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