バスター・クロウ 1.古城の生活

 

 

島の中央に位置する茶色い砂の山に、太古の昔から、巨人の遺跡があり、その巨人の姿は、近代的な町のシンボルとして、町のどこにいても、見ることが出来る。

 

 その夜、島の町はずれの湖畔の古城では、フルートとピアノの旋律が流れる中で、湖水に落ちる町の灯りを眺めながら、ブロック・ベイ候は、『塔の廃人』の湯あみを自ら行うべく、回廊を歩いていた。

 

 回廊は、水上を歩ける様に造られており、塔へと水上の回廊は続いていた。

 

 ブロック・ベイ候は、丸い眼鏡をかけた細身の青年で、黒いスーツにネクタイをしていた。

 

 「御神体は、月と星の夜に人々が寝静まった頃、そっと動き出して、湖で身体を洗うんだって。だから御神体は、いつもきれいなんだよ」

 

 ソフィア・ローレンの黒髪は、肩のところで切りそろえられ、小柄な身体からは、彼女独特の汗臭い体臭がしていた。

 

 ソフィア・ローレンは、ぼんやりとブロック候にされるがまま裸になり、温かいお湯で、身体を流されていた。


排水口にちゃぱちゃぱとお湯が流れ、自分の身体を伝ってお湯が流れ落ちて行くのを不思議そうに眺めるのをブロック候は見やりながら、丁寧に彼女の身体を洗う。

 

 朝になると、バルコニーに出て、丸いテーブルの椅子に座らせられ、湖の対岸の巨大な水車がゆっくり水を切って回転するのをソフィア・ローレンはぼんやり見つめている。

 

 湖には、魚釣りの小舟がゆっくりと水面を横切っていく。湖の向こうに見える河川にかかる橋には車やトラックがミニチュア模型の様に行き交っている。

 

 ソフィア・ローレンは、テーブルに置かれたコーヒーカップに手を伸ばすと、両手でカップに口をつけた。

 

 「……どうしてブロック様は、私の様な女に良くして下さるのですか?」

 

 ブロック候は、洗い物をしながら、

 

 「どうしてかな?」とだけ言った。

 

 カチャカチャと食器の音と水の音。ガラス窓の外では相変わらず巨大な水車が回転していたし、山の中腹には。朝日を浴びながら、御神体が立っていた。




バスター・クロウ 2.旅立ち

 

 

 雨の日には家に居たいものだが、そうは行かないのが常々で、仕事も買い物もあるので、出かけねばならない。ソフィア・ローレンは、部屋から全く出ないので、城に住んでるとはいえ、家人の為には食事も買って来なくてはならない。ブロック候にとっては、それもまたたのしみのひとつであるが、ソフィア・ローレンも買い物くらいは着いて来ても良いのだけどな、とは思っていた。もっともそういう事が彼女のリハビリにつながるし、例えこころが壊れていようが、こういうことで外に出て、リフレッシュするのも大切なことだと思う。

 

 「脳のメモリーが壊れていても、身体の他の部分は機能してるでしょ? それは君が生きてる証拠なのだと私は思うのだよ。だってその他は健康と言っても良いくらいさ。たとえそれがクスリの助けを借りてだとしても、私はちっともおかしなことではないと思うんだ」

 

 ソフィア・ローレンの寝てるベッド脇の花瓶の花の茎を水道で洗ってやりながら、ブロック候は微笑んだ。

 

 「君がどうして『黒い森』の中で血まみれになりながら倒れていたのかはわからないが、その記憶もないというのだから、不自然さは感じるよ。君は、『黒い森』で何かを見たのか? ……まあ、君本人が記憶が無いのなら、それはそれで幸せなことなのかも知れないね」

 

 「……そうですか。気になりますか?」

 

 「まあね。でも知らなくて良いことってあるもんだから、きみの記憶を何とかして取り戻そうとは思わん。むしろこのままこうやって君の面倒を見ているのもたのしくもあるから」

 

 ソフィア・ローレンは、汗っかきで、Tシャツを一日に何枚も着替えさせる。さいわい雨が降っても、城にはドラム式の乾燥機があるので、それで対応している。なので、彼女の着てたものや下着類は、着替えさせると、すぐ洗濯し乾燥機にかけた。

 

 『2020630日(火曜日) 雨  ─彼女のこころが開き、記憶が戻るとしたら、彼女は全くの別人として、私の元から旅立って行ってしまうだろうか? 私はそう思うと、不可思議な気分になる。いまはそれがなんなのかわからないし、疑問点ではある』

 

 ブロック候は、羽ペンをインク瓶に付けると、寝息を立てるソフィア・ローレンの横の机で、日記を書いた。




バスター・クロウ 3.幽霊船

 

 

 ある日、水平線のかなたから現れた『幽霊船』には、青銅の魔人が乗っていて、突然平和な町を襲う。青銅の魔人は、ぎこちない動きで、町の人々を屠っていく。町は炎で燃え盛り、人々は逃げ惑う。そんな中、いつもの様に、ソフィア・ローレンの湯あみを済ませたブロック候は、こんな時だからこそと、彼女の髪を丁寧に解いていた。

 

 「ブロック様。あのような巨人が何の罪もない人々を殺めているのに、私には何もできない自分が悔しい」

 

 「ほう。だいぶ普通のことを言う様になったね。私にはあの巨人は、どういう仕組みで動くのだろう? とかつまらないことを考えていたよ。とても君の様に冷静な思考ではなく、あわてふためいてね」

 

 「……それ、冗談のつもりですか」

 

 「私は至って真剣だよ。だってそうじゃないか。うちの町にも、あれと似たような『巨人』がいるだろう?」

 

 「……ああ、あれですか?」

 

 「そう。あれは動かないのかな?」

 

 「いやだ。そうですよね。黙って立ってるだけなんて、ずるいですよね」

 

 「だろう? 御神体だなんてみんなあがめているのに、全然助けてくれない」

 

 城に迫る青銅の魔人は、炎を吹き、その持っていた鋼の剣で古城の門を破壊し始めた。青銅の魔人が吹いた炎は、城の燃えやすい材質の部分を焼き、城は炎上しようとしていた。

 

 「……ごらん。悔しいけどここまでだ。巨人はここを襲うつもりらしい」

 

「……ブロック様」

 

 二人の影が炎と煙の中でかさなる。そうして塔によじ登って来た魔人は、怒り猛々しく、巨大な剣を振り下ろした!

 

 

バスター・クロウ 4.ゴーレム

 

 

 ソフィア・ローレンは、自分の脱いだ服を丁寧にたたみ、洗濯カゴに入れた。お風呂のタイルは少し冷たいなと思いながら、ペタペタと少し湿った風呂場を歩く。鏡に映る自分は、割と豊満で肉付きも良く、いかに自分をブロック候が大事にしていたのかを想起させる。

 

 リーリーと秋の虫が鳴いている。ざばーと湯舟に浸かると、一生懸命自分の身体を洗ったので、気分が良い。汗臭いと指摘された自分は、できるだけシャワーを浴びて、こまめに着替えるなど、気を付けている。

 

 ガウンを着て、ソファーでくつろぐ。お城の地下には、絶対近づいてはいけないよとブロック候に言われていたが、ブロック候がいないいま、いつか行ってみたいと思っていた。

 

 (地下にはどんな秘密が……)

 

 白いトレーナーとジーンズの短パンを穿くと、真っ暗な階段を下りていった。どこまでも続く階段を下り、地下に着くとエレベーターが有り、帰りはこれで帰ろうと鼻の横の油汗を小指で掻く。歩くたびにセンサーが反応して、足元の蛍光ランプが付く。赤い消火器とか置いてあって、その前を通り過ぎると、その部屋に着いた。

 

 「ここは……?」

 

 -あの日自分を守ってくれたゴーレム(御神体)は、こんなこところに保管されていたのか、と、『巨人』を見上げる。でも、御神体は、『青銅の魔人』を倒したあと、魔人が乗って来た幽霊船に乗って、水平線の向こうに消えてった。

 

 (……じゃあ、これは? ……まーそんなことどうでも良いか。良くブロック候が深く考え過ぎって言うし、世の中広いから、こういう物もあるということだ)

 

 ソフィア・ローレンは、バルコニーに出て、風を感じた。そこにブロック候はいないけれど、何だか守られている心地に、平和な気分だった。

 昔の記憶はなくっても、最近の記憶が残っている。それで良いんじゃないかなあとシャツを着替える。

 

 「そんなに汗臭いかなあ?」

 

 脇の下の匂いなどを嗅いでみる。そうでもないとこみると、だいぶ体質の改善がされたのだろうか? 

 

 「ただいま~ソフィ。どうした脇の下の匂いなんて嗅いで」

 

 帽子とネクタイを取ったブロック候は、ソフィアに近付くとキスをした。

 

 いつもの町は、夕飯の紡ぎの煙や人々のにこやかな顔に包まれ、そうして再生された町の景観は、傷跡も感じさせず、古城に帰宅したブロック候が、「私にも嗅がせてくれないか?」 と妻の脇の下の匂いを嗅ぐなど、平和そのものだった。

 

 

                      ~おしまい~





バスター・クロウ


スクロール


Back

inserted by FC2 system